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 イレッサ薬害被害者の会

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夢のような新薬で何故このような被害が起きたのでしょうか
何故、このように拡大したのか当時を振り返ってみました

イレッサが保健適用(薬価収載)となったのは 2002年8月30日です。健康保健が適用されることにより高額医療費の還付が受けられるようになりましたので患者にとっては医療費の負担が大幅に軽減されました。それまでは、「特定療養費制度の適用」、を受けて使用が許されていたとはいえ、丸々自己負担での使用で一錠9000円の高額となれば、一ヵ月27万円にもなり他の治療も受けている場合が多い癌治療では家計への負担は甚大で、誰もが簡単には使用へと踏み切れる薬ではありませんでした。
ようやく健康保険で扱える薬になったことで、それまで服用を我慢していた患者たちはいっきにイレッサを求め使用へと走り、その数は販売直後には8000人とも9000人とも言われています。この中には、W期とは言われても普段の生活には何の支障もない患者、仕事を続けながら次の選択薬として服用した患者、肺がん以外にも効き目があるとの噂に医師の協力の下で使用した適応外の患者等、さまざまな患者が出されていたイレッサ情報の安全性を信じて、延命効果を信じて、病院のベットで、また大勢は自宅で使用しています。
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保健適用から僅か1ヵ月半が過ぎた2002年10月15日、イレッサによる重篤な副作用について警告する「緊急安全性情報・(ドクターレター)」が、アストラゼネカより出されて、全国の医療現場に、自宅で服用している患者たちの間に、衝撃が走りました。
その警告情報とは...、イレッサ使用により間質性肺炎という重篤な肺障害が起きて、多くの患者が死亡しているから服用には注意をするようにというもので、このときイレッサを処方していた各・医療現場では、それぞれの患者に対してどのような対応、対処が取られたのかについて詳しくは分っていません。服用する多くの患者が何の注意もなく医師の管理もないままに自宅で服用続けていた経緯からすると、この危険情報が、自宅で服用続けていた患者たちに伝わらないままに亡くなった患者も少なくなかったのではないかと思われますが、当時どのような対応がとられたのかについてのデータは何もありません。
イレッサは、「副作用が少なく延命の効果が大きい、自宅で手軽に服用しながら癌治療ができる。」といった情報が医療界の中に広く伝わり、いつしか"素晴らしい効果と使い勝手のよい薬剤"として処方が急速に広がりました。処方した医師のほとんどが、副作用に対する危険認識を持たなかった理由については、製薬会社からの情報不足の問題が大きく起因しています。その一例では、いよいよ販売が開始される前、アストラゼネカ社が都内のホテルでイレッサの販売に関する祝賀レセプションを開催しました。会場のホテルが満員となるほどの盛況で全国から癌医療に携わる大勢の医師の参加で溢れていたといいます。この時参加したさいたま市のある公立病院に勤める腫瘍専門医師の話しによると・・≪そのときのイレッサについてのプレゼンの内容はメモを取っていたが特に副作用の間質性肺炎について注意を要するほどの説明は何もなかった≫・・、と証言しています。この祝賀レセプションが行われた直後の2002年7月5日にイレッサは承認されましたが、第一版のイレッサの添付文書には、特に注意を要するとして赤枠で囲い赤字で記載されている要注意の警告欄はどこにもなく、2ページ目の重大な副作用欄の最後、4番目のところに間質性肺炎(頻度不明)としての文字があるのみで、販売開始前に行われた医師へのプレゼンの内容といい、添付文書の記載・その箇所といい、医師が重大な副作用を予見するには難しく、薬を開発・販売する製薬会社からの情報の不足は否めません。
日にちの経過と共に拡大する被害に対して、医薬品を審査・承認して安全使用への管理を行っている厚生労働省は、どのような対応を行ったのでしょうか。2002年10月15日、緊急安全性情報発出に関した記者会見を開いて、重篤な間質性の肺炎が発症する危険性があることで慎重使用を呼び掛けたその後は、・・各・医療現場が適切に対応しているので医療現場に任せていた、と当時この被害拡大に関して、あるテレビ局の取材の中の質問に対して、当時の厚生労働省の医薬食品局の平山課長は次のように述べています。
記  者 この被害についてどのような対応をとられているのか。
厚労省 医療現場において、最善の体制を取っていると思われるのでこれを進めていく。
記  者 死者が増え続けていることについてどのように考えているか。
厚労省 あくまでも、医療現場において適正な対応を取られていると考えるからそれを推進する。
記  者 これだけ死者が増えるとデータを公開して検証が必要だと思うが何故それをしないのか。
厚労省 データそのものは企業のものになっている。企業の所有権のあるものについては企業秘密の部類にはいると判断されている。
記  者 このイレッサによる死亡被害から厚労省として何か教訓とする点があるとすれば何ですか?。
厚労省 教訓ですか?・・、特には考えておりません。
記  者 この被害について学ぶべきものは。
厚労省 なにもありません。
例え、時には死亡することもあると言われる抗がん剤による被害とはいえ、販売開始直後から各地の医療機関より副作用による死亡例が報告されて、この取材が行われた2004年末時点では既に500名を超える死亡が報告されているという事態を重く捉え、被害状況の把握と拡大の防止に向けた早急な取り組みは厚労省として当然なすべきことであるのですが、厚労省では、臨床の現場で適切に対処されているとして医療現場に任せるとした姿勢をとり続けました。厚労省のこの考え方、指導の曖昧さが、被害拡大への危機感の欠如につながり、使用患者の多くが自宅での服用であったことも加味して、危険情報の伝達は滞り閉ざされて、患者たちへ届くことはなく被害は拡大したと考えられます。
他方、イレッサの開発・販売元であるアストラゼネカ社ではこの被害の拡大をどのように捉えていたのでしょう。大勢の癌患者が一刻を争う早急な対処を必要とする重篤な間質性肺炎に侵され次々と死亡しているという事の重大性を重く捉えていたならば、全社を挙げて被害の拡大防止に取り組むのは開発・販売の当事者として当然なのは述べるまでもないのですが、当のアストラゼネカ社は、2002年10月15日の新聞報道の第一報直後に、「イレッサのより安全な使用のために」として、2002年10月15日(※1)、と10月28日(※2)、プレスリリースで次のように発表しました。『この被害はそれぞれの患者の癌の悪化によるものと予想され、イレッサが直接の死亡の原因ではない。』、と見解を出しました。使用患者に向けたコメントでも、『服用を続けても心配は要らない、緊急安全性情報を出した後の当社の対応で被害は減少・収束に向かっている。』と、10月28日のプレスリリースの続報で述べて、死亡被害拡大に対しての危機感を極力覆い隠し、なんら心配するほどの被害ではありませんと平静を装い、使用中の患者に必要以上の動揺を与えないための措置と、静観する立場を取りました。しかし被害は拡大し続けて、緊急安全性情報が出された翌年の2003年1年間に、イレッサで死亡した患者は202人、2004年は175人と、未曾有の被害が厚労省に報告される事態へと発展してしまったのです。
※1 2002年10月15日イレッサ錠による急性肺障害・間質性肺炎についての緊急安全性情報のお知らせ
※2 2002年10月28日イレッサによる急性肺障害・間質性肺炎についての続報
使用している患者に、また、各・臨床の現場に対して、冷静な対応をお願いするとしながらその中身は、『抗がん剤の副作用被害ということからみると、この死亡については決して驚くべき数値ではないのでそれほど心配は要らない』、と被害を軽視し、死亡被害の拡大に関しても、『大変お気の毒であるとは思うがそれぞれの患者の容態の悪化が死亡の原因と思われる。』とコメント。まるで癌を患う患者たちが全国各地で同時期いっきに、容態の悪化が集中しての死亡、と言わんばかりのアストラゼネカ社の主張に、2002年末、私達が行った被害状況の問い合わせに対するアストラゼネカ社の当時の回答は、すでに緊急安全性情報発出後、副作用による死亡の危険性を自ら警告している時であるにも関わらず、『当社(アストラゼネカ社)には副作用による被害情報は届いていない』、と質問に答え、イレッサによる死亡被害は起きていないと終始一貫した主張をしています。重大な副作用による死亡被害が拡大しているといった販売当事者としての責任、危機感はどこからも感じられませんでした。
治験の段階から、重篤な副作用である間質性肺炎が起こることが予め判明していたにも関わらずそれを軽視、隠蔽して承認を受けたアストラゼネカのこのような人命軽視の姿勢が、短期間で多くの死亡被害を生み拡大させたということは、多くのデータがこの被害の真実がどこにあるかを物語っています。
2002年12月の,イレッサによる死亡被害記事(朝日新聞) 
2002年9月初め、さいたま市のとある公立病院で、保険適用前のイレッサの処方を受けていた50歳台のある男性患者が、服用数日で呼吸苦に襲われ、数日間もの苦しみの中、為す術もなくセデーションを了承して亡くなっています。この時の患者の死亡に対して担当の医師は、間質性の肺炎を疑い販売元のアストラゼネカに報告したと述べています。この報告を、アストラゼネカが重大な副作用事案と受け止め危険情報として活かしていれば、同病院で治療を受け、2002年10月17日イレッサの副作用である間質性肺炎で地獄のような呼吸苦の中で一日中横になる事も出来ず、ベットに座ったままで息絶えた娘・三津子(当時30歳)の死亡、そしてこの後、全国に拡大した被害の少しでも防ぐことは出来たでしょう。
イレッサの重篤な副作用である間質性肺炎を軽視して、安易に推奨する一部の医師、そして患者会と称する方たちは、企業側の発信情報のみを信じてイレッサは安全で何ら心配する問題はないと主張し続けていますが、服用数日で間質性肺炎の被害に遭って対処の術もなく=死亡している患者が多くいる事実=、は事実として認識し、自分には効果が得られているから・・・、一部に腫瘍の縮小がみられるから素晴らしい薬、とする安易な推奨は、何れは次の家族に、または友人への被害にも繋がる可能性もあると考え控えて欲しいと願っています。
これからの抗がん剤医療は、このイレッサの死亡被害を教訓として、この先次々と開発されるであろう分子標的薬のメカニズムについて、患者が持つそれぞれの病態や遺伝子によっても、発現するさまざまな副作用に違いがあることを深く認識しなければなりません。私に効いたからあなたにも良い薬との考え方・推奨はもっとも危険と捉え、まだ生きられる命をいかに救うかをこれからの大きな課題として取り組まなければなりません。
『 "イレッサによる死亡は、育薬のためには許される仕方のない被害である"』。これは,アストラゼネカ社が、薬害イレッサ訴訟の大阪地裁の法廷で主張した陳述内容の文言です。何とも冷血でロボット化された医療側の思惑の一端が垣間見える気がいたします。抗癌剤治療の現状は確かに厳しいものであるにせよ、この "育薬上許される仕方のない犠牲"を主張するのであれば、すべての情報の開示がなければこの主張の何処にも説得力はありません。誤った誇大な広告・宣伝情報により起こされたイレッサの副作用死亡被害に対しては決して使ってはならない許せない主張です。薬を開発しそれを育てる目的は、「人の命を守る」ためのものであるはずで、このような考え方は、本来臨床の現場や製薬会社にはあって欲しくないことです。しかし五十歩、六十歩と大きく譲ったとして、時には生じることもある・・"仕方のない犠牲"・・を患者側に求める際は、すべての危険情報の開示とその説明は不可欠です。そうでなければ、患者は何も知らされずに治療を受けることになり、現代医療とは程遠い運任せの治療となってしまいます。
私たちはイレッサの被害を通して知りました。
欧米諸国と比して日本の抗がん剤医療が遅れているのではない、癌医療に対する考え方が遅れていたのだということを。
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2003年3月3日、イレッサの被害にあった娘の記事が掲載されて、全国からたくさんの電話が寄せられました。その何れもが、服用への不安を訴え、大丈夫なのか、どのようにしたら良いのか、医師に訊ねてもこのまま服用し続けても良い、心配は要らないというのみだけれど本当に大丈夫なのか、死亡している患者たちのその原因については何も話してもらえない。自宅で服用しているが不安で怖い、等など、このような相談の電話が多く寄せられ、受話器の奥で泣きながら恐怖を訴える当時の様子は・・いまでも耳にこびり付き消えることがありません。
2011年8月
近澤 昭雄
イレッサ薬害被害者の会代表
薬害イレッサ訴訟原告団代表



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