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 2006年1月11日(水), 大阪地方裁判所202号法廷で,薬害イレッサ西日本訴訟の第8回裁判が開かれました。イレッサ訴訟では全国で5人目となる三重県四日市市の清水英喜さんの本人尋問が行われました。傍聴整理券が必要になるのでは、と思われる程の満席の中、午後1時15分から始まりました。
●この日の裁判では
 清水さんは、イレッサ被害の生き証人です・・清水さんは、3年前に末期の肺がんと診断され、医師から発売間もないイレッサの服用を進められました。服用間もなく、重篤な副作用による間質性肺炎に遭い、生死の淵をさ迷いながらも医師の手当てが迅速的確であったために一命を取り留めました。その後、今日までの3年間は新たな抗がん剤の治療も受けることもなく、又・イレッサの再使用もなく、現在も肺がんとは共存しながら,元気に生活を続けているという方です。
酷いイレッサの副作用被害を経験された清水さんが、当時の情報の隠蔽や伝達の不備、販売前から行われていた宣伝、誇大な広告によって、多くの被害者が生まれたこのイレッサ被害について、死亡した全ての人達のために、今も不安の中で服用している人達のために、服用をするかしないかと悩まれている人たちのために、このイレッサの本当の情報を知らない多くの人たちのために、ご自身は現在も尚・肺がんのW期として闘病をつづけながらも、伝えなければとの強い信念と思いで提訴し、この日・証言台に立ちました。
清水さんは・・2001年9月に肺がんと診断されて、2ヵ月後肺の摘出手術を受け手術は成功しました。ほとんど再発はないだろうとの診断で退院、職場への復帰も果たし毎月の定期検診にも異常はなかったので安心していたそんな時、2002年5月にリンパへの転移を告げられました。

2002月7月に放射線治療を決心して治療を受け、リンパの腫れが半分近くにまでなった後、この頃登場し大きな話題にもなっていた「副作用の少ない夢のような新薬」と言われたイレッサを服用するという経緯となって・・酷い副作用に見舞われましたが、素早い対処と処方によって一命を取り留めたと言う、イレッサ副作用では貴重な生存者と言える方です。

清水さんの現在は・・医師からは末期の肺がん患者と診断されていますが、今は治療法もなく、何も治療を受けないままに定期検診のみで、毎日を家族と過しています。そのような状態と病気の現状を裁判所は配慮して、訴状の提出から二回目の期日での本人尋問となったわけです。

このように貴重な体験を持った清水さんが、アストラゼネカの行った副作用被害に対する対処と情報の不開示、隠蔽の疑問を感じ、重い病を押して、正に命を賭けた提訴に踏み切ったのです。

その理由は、たくさんの被害者が出て、多くの副作用被害による死亡患者が出ているにも係わらず、原因も示さず、情報の開示もしないままに、販売を続けている事への命を賭けての怒りの抗議なのです。「がん患者の命の重さ」を決して軽視するなとの抗議なのです。

製薬会社のアストラゼネカは、昨年の4月に副作用に関する情報を示し、副作用被害者1555人、副作用による死亡患者が607人と発表してから9ヵ月経った今、新たな情報は示していません。何故私達が新たな情報の開示を求めているのかは、このイレッサと言う薬はまだ医療現場で使用されている保険適応薬なのです。しかし、こんなにも酷い被害が出ている薬で、服用している患者の中には恐怖を抱きつづけながら使用しているといった実態があります。では、そんな怖い薬なら使わなければ良いではないか・・そうは行かないのです。日本では,現在使用されている抗がん剤の種類が少なく,一度抗がん剤治療を受けると次に行う抗がん剤がないと言うことで治療の継続が出来ずに緩和ケア-を進められがん難民と言われるように見捨てられることが少なくありません。そのようなことになりたくない,何か治療薬はないかと,多少は危険を感じつつも、使わなければならない背景があるのです。

ガン患者は。少しでも望みがあると言われれば期待して,時には危険な治療にも覚悟しながら挑みます。だからこそ・・全ての情報の開示が必要なのです。命の灯火が消えるその瞬間まで人として治療を受けたいのです。見捨てられたくない,「がん患者の命の重さ」を認めて下さい。
この日の、清水さんに対する尋問では、裁判所側が尋問の様子をビデオ撮りして、証拠として残すという、これまでの裁判ではなかったと言う画期的な方法が行われました。
●宣誓の後,清水さんに対する原告側代理人による本人尋問
◇イレッサの服用を考えた時の気持。 
◇服用中の状態。
◇副作用症状の時の思い。
◇副作用の苦しさとはどんなものか。
等について時間にして30分ほどの尋問、清水さんは、はっきりと少し大きな声で一つ一つを答えました。
●被告・アストラゼネカ社代理人による尋問
◇清水さんが子供の頃から持っているアレルギの症状を尋問。
◇イレッサの副作用が起こった時に服用していた薬剤が重複していた為に、間質性の肺炎に罹ったと言えるのではないか、について尋問。
◇被害者の会のホームページに、清水さんが副作用の当時の様子を投稿している記事にふれて、提訴時の意見陳述書と、この投稿の記事に食い違いがあると思う点について尋問。
●被告・国側代理人による尋問
◇イレッサ服用前の抗うつ剤の併用を尋問して、清水さんの副作用は他剤との影響が大きい筈との印象付けの意図を感じました。
被告側のアストラゼネカ社代理人の尋問は40分近くにもなりましたが、しかし、尋問の内容は聞くに堪えない物でお粗末に尽きる内容でした。副作用の事は本人の体質が大きく影響しての事でないのか・・等と印象付けを行ったり、解熱剤の使用に触れて、病院調剤の座薬のボルタレンと解熱薬の併用を細かく尋問、間質性の肺炎が起きたのは、解熱剤の服用が影響しているのではないのかと力説する等、霍乱戦術なのか重箱の隅つつき、作戦なのかと思うほど細かくて聞いていても寒くなる内容に、法廷内でも呆れてため息が聞かれるほどでした。
清水さんに対しての尋問は、2時間にも及ぶ長いものでしたが、はっきりと大きな声で、時には当時の副作用の事を思い出して、辛くなったのでしょうか、搾り出すような声での証言もありましたが、最後までしっかりと答えました。
●宣伝行動
淀屋橋駅付近でチラシを配って裁判へのご理解を訴えました・・この裁判の傍聴のために、東京から支援者の皆さんたちや東日本訴訟の弁護団、総勢30人が早朝の新幹線で大阪入りして、裁判開始前に、淀屋橋上において「がん患者の命の重さを問う」と染め抜いた赤いタスキをかけてチラシを配ったり通行のみなさんに支援の呼びかけを行いました。たくさんの皆さまに励まして頂きました。大阪の皆さん、有難うございました。
●裁判が終わって・・・
アストラゼネカ社への申入れ
と抗議行動を行いました。
裁判終了後,支援の人達や,原告,弁護団の皆さんたち20人ほどで,大阪駅前の梅田スカイビルのアストラゼネカ本社に向かい,申入れ書を提出しました。又別働のグループは,同社ビル入り口近くで抗議行動のアピールやチラシ配りを行いました。
●今回の大阪での裁判は
清水さんの本人尋問が行われると言う事で,東京からも大勢の支援の皆様(支援団体の皆さま,早稲田の学生の皆さん,薬剤師の皆さま,各薬害被害者団体の皆さま,公害被害者の団体からも)大勢参加して頂きました。又,大阪の支援の会の皆さまや薬害団体の皆さま,他・おおくの皆さまに傍聴頂き,溢れるほどの満席で,大変に心強く感じました。心からお礼を申し上げます。有難うございました。

●報告集会のご案内
裁判終了後、(午後3時頃から)中之島公会堂地階展示室兼会議室にて報告集会を予定しています。多くの皆さまのご参加をお願い致します。

●次々回以降の裁判期日のご案内
西日本訴訟・・2月27日・・4月27日・・7月6日(いずれも大阪地裁202号法廷13時15分〜)
東日本訴訟・・1月18日(東京地裁101号法廷13時30分〜)  3月15日の予定です


・・ お問い合わせ ・・
イレッサ薬害被害者の会

電話・048-653-3998
FAX・048-651-8043
mail: iressa-higainokai@nifty.com
薬害イレッサ訴訟西日本弁護団
弁護団事務局長 永 井 弘 二
京都市中京区鳥丸通御地東入
アーバネックス御地ビル東館6階
御池総合法律事務所
電話075−222−0011
Fax075−222−0012


西日本訴訟(大阪地裁)・第10回(2006年04月27日)裁判報告