|
|
 |
|
|
|
|
|
|
|
|
薬害イレッサ訴訟とは
2002年7月に日本で初めて承認・販売された抗がん剤によって副作用被害に遭った私たち被害者と遺族が,当時の誇大な広告宣伝に対する疑問,承認したことに対する疑問などについて起こした裁判です。生きたいための治療で,例え余命少ない命ではあっても,当時の誤った広告宣伝,効果を煽った販売方法,危険情報の不開示によって起こされた被害に対する訴えです。
承認・販売される一年も前から,さまざまな方法を用いて著名な医師たちが効果を謳い「副作用が少なく,素晴らしい薬,延命の効果も大きく正に夢のような新薬」との情報を信じ,肺ガンの患者たちはいっきに使用した結果,販売から僅か二ヶ月後には多くの副作用による死亡が確認され被害は増大。この事実からアメリカでは新規の患者には使用禁止の措置が取られ,ヨーロッパでは製薬会社が販売のために出していた承認申請を自ら取り下げ現在もこの措置に変わりありません。しかし日本では,被害発生の後も使用制限など何の対策も取られないことで現在までに706人もの患者が亡くなっています。私たちは,軽々に扱われるガン患者の命の重さを訴え,この訴訟を勝利することで,見捨てられるガン患者への医療改革を目指しています。
|
|
|
 |
|
訴訟は、大阪地方裁判所と東京地方裁判所の2地裁で裁判が行われています。大阪地裁での裁判を西日本訴訟と言い、東京地裁での裁判を東日本訴訟と言っています。大阪地方裁判所で第一回裁判が開かれたのは2004年11月1日、東京地方裁判所で第一回裁判が開かれましたのが2005年2月16日、今回の期日で大阪では29回目、東京では27回の裁判が開かれました。 |
|
ガンによるわが国の死亡者数は、年間約33万人にも達していますが治療法は進歩して来たとは言え、まだまだ根治は不可能で、ガン種によっては如何に延命させるかの治療が多く行われているのが現状です。ガンの中でも特に死亡率の高い肺がん。この肺ガンの新薬として販売されたイレッサという薬によって間質性肺炎という副作用被害に遭い死亡したことに対する裁判ということで、抗がん剤による副作用被害が果たしてどこまで認められるのか、国や製薬会社、専門医が推奨した薬を使用した後の副作用による死亡被害について、自己責任として片付けられるのか等、ご理解頂くのにはなかなかに難しい中を、いつも多くの皆様が傍聴に駆けつけて頂き有難うございます。 |
|
 |
|
|
 |
|
8月31日(月)に行われました裁判は |
 |
イレッサ薬害西日本訴訟・第29回裁判です。
大阪地方裁判所の二階、202号大法廷で行われました。 |
202号法廷は90数席の傍聴席がありますが今回もほぼ満席となる多くの方たちに傍聴していただきました。特に今回の裁判は多くの学生の方たちに傍聴して頂きました。また、医療関係では、薬剤師の皆さんや、看護士をされている方、そして公害被害者の団体からはほんとうにたくさんの皆さまが傍聴に駆けつけていただき傍聴席を埋め尽くして頂きました |
|
|
|
 |
|
 |
|
淀屋橋で宣伝行動を行いました
・・今回も、大阪・北区の淀屋橋南詰めで多くの皆さまに参加して頂きお昼休みの30分ほど、宣伝行動を行いました。裁判が開かれる毎に何度も何度もこの地に立ってビラを配りました。イレッサの被害の悲惨さを記した一枚のビラを配り続けて「がん患者の命の重さ」について多くの人達に被害の実態を訴えて来ました。 |
|
 |
|
 |
|
 |
|
午前10:00に開廷しました。
最初に尋問を受ける原告が正面の証言台に進み宣誓を行い尋問が始まりました。亡くなられたご家族が、がんと分って告知から治療の過程などについて尋問を受け、原告は当時の悲しさをグッと耐えながら答えていました。 |
|
被告、国とアストラゼネカ側からの尋問は、肺がんの治療では、死亡に至る薬を使用することは止む得ないことなのだから、例え、副作用で死亡したからと言って責任は生じないと主張。患者は、イレッサを服用する前からかなり容態が悪化していたことが死亡の原因であると、予想した通りの展開でした。承認される前、販売開始前から、さまざまに行っていた「夢のような新薬・・延命の効果は素晴らしい」などの患者が飛びつくような広告・宣伝の問題には被告側は一切触れずに、すべて、患者の自己責任を主張したり、処方した医師の知識不足、経験不足に摩り替えようとする態度など、形振りかまわずの醜い企業の体質が見え過ぎて、憤りを通り越して虚しさが溢れました。 |
|
午前中の尋問は11:30分に終了しました。 |
|
|
|
|
|
|
午後からの本人尋問 |
|
午後は1時30分に再開しました。
お父さんがイレッサを服用し間質性肺炎を発症して亡くなられたという原告の本人尋問が行われました。イレッサという薬については、・・素晴らしい延命の効果で副作用が少ない夢の新薬と言われている情報を信じて服用を決めた経緯を一つ一つ思い出しながら説明、尋問に答え、こんなに苦しんで亡くなると言うことが初めから分っていれば決して服用はさせなかったと、悔しさで声を詰まらせながら答える場面もありました。 |
|
がん治療で、一般的に行われる点滴による抗がん剤治療や放射線の治療が終わって、イレッサの服用にたどり着くまでの過程を時折悔しさを滲ませながら尋問に答えていました。 |
|
この日の本人尋問で最後となる3人目の方は、ご主人を亡くされた原告です。
被告側代理人による辛辣な質問の繰り返しにもグッと耐えて、ご主人がイレッサを服用するに至った経緯について尋問に答えていました。 |
|
3人の原告の方たちは、被告側の弁護人からいろいろと辛い質問を受けました。犯罪者ではない原告に、まるで刑事事件の犯罪者への尋問でもあるかのような、法廷の中ではバワハラは認められているんだ、と感じる辛辣な質問も出て、原告には厳しい冷たく心無い法廷を実感致しました。長い一日、午後4時30分、この日の裁判は終了しました。 |
|
|
|
|
|
 |
|
|
|
 |
|
裁判終了後の報告集会・・・
大阪弁護士会8階会議室において、約50人の参加者の中、報告集会が開かれました。無事に本人尋問が終わってホッとしている西日本訴訟の3人の原告が揃って出席、たくさんの支援の皆さまに参加して頂きました。公害被害者の皆さんもたくさん参加して頂きました。医療関係者の皆さん。そして、東京からも支援の方たちが駆けつけてくれました。 |
|
今回も、多くの学生の方たちの参加がありました。薬学部の学生さんや医学部の学生の方たち。弁護士を目指すロースクールの学生の方たちが裁判の傍聴から報告集会まで参加、熱心にメモを取っていました。 |
|
私たちの裁判も、丸5年の歳月を費やして、たくさんの支援の皆さまのお陰でやっと大詰めの原告本人尋問を向かえることが出来ました。この5年間はいろんな事にぶつかり被害を訴え続けることの難しさや辛さが身に沁みて何度も挫折を味わいましたがその度に、いつも多くの皆さまに支えて頂きました。励ましを頂きました。そのお陰でここまで辿り着くことができました。心からお礼を申し上げます。 |
|
まだ、道半ばで、この先・結審から判決を迎えて勝利を勝ち取るまでまだまだ頑張らなければなりませんが、今後ともよろしくご支援いただけますよう宜しくお願い申し上げます。 |
|
|
|
 |
|
・・ お問い合わせ ・・ |
 |
|
 |
|
 |
|
|
|
イレッサ薬害被害者の会
電話・048-653-3998
FAX・048-651-8043
mail: iressa-higainokai@nifty.com
|
|
|
|
薬害イレッサ訴訟西日本弁護団
弁護団事務局長 永 井 弘 二 京都市中京区鳥丸通御地東入
アーバネックス御地ビル東館6階
御池総合法律事務所
電話075−222−0011
Fax075−222−0012
|
|
|
|
 |
|
 |
|
 |
|