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平成16年(ワ)第25016号外 薬害イレッサ損害賠償請求事件
原 告 近澤 昭雄 外2名
被 告 国       外1名
求釈明申立書
−被告ら申請証人等の利益相反の有無について−
平成19年5月23日
東京地方裁判所 民事第24部 御中
                            原告ら訴訟代理人
弁護士  白   川   博   清
第1 求釈明の趣旨
 求釈明事項
被告らは、別紙「対象者一覧表」記載の個人について下記(1)ないし(3)の事項を、及び団体についての(3)事項を、それぞれ明らかにされたい。
(1) イレッサの治験への関与の有無及びその内容。
(2) イレッサの第T相試験が開始された1998年4月以降の被告アストラゼネカ又はアストラゼネカグループ各社による臨床試験(イレッサの臨床試験に限定されない)への関与の有無。
(3) イレッサの第T相試験が開始された1998年4月以降、被告アストラゼネカ又はアストラゼネカグループ各社から寄付金等を受領した事実及び被告アストラゼネカまたはアストラゼネカグループ各社の株式を保有した事実の有無並びにその内容。なお、ここで「寄付金等」とは、コンサルタント料・指導料、特許権・特許権使用料・商標権による報酬、講演・原稿執筆その他これに類する行為による報酬、対象者が実質的な受取人として使途を決定し得る研究契約金、寄付金(実際に割り当てられた額)を含む。
第2 理由
 これまでにイレッサの有用性評価に関与した個人及び組織について、その科学的見解の証拠価値及び信用性を評価する前提として、別紙「対象者一覧表」の対象者について、上記求釈明の趣旨記載のとおり、被告アストラゼネカ及びアストラゼネカグループ各社(被告アストラゼネカのウェブサイトによれば、「アストラゼネカは強力な研究・技術基盤を確立し、開発とマーケティングを世界的に展開しているダイナミックなグローバル企業です」とし、英国アストラゼネカ社傘下の企業群を「グループ」と称している)との利益相反の有無が明らかにされる必要がある。
 以下に詳論する。

本件における利益相反開示の必要性
(1) タミフルの副作用評価における利益相反の顕在化と厚労省による対策
 科学研究において、利益相反とは、研究者が、研究対象と利害関係のある企業等との間に、経済的なつながりをはじめとする利害関係を有する状態を指す。
本年3月、服用後の患者の異常行動の発生が問題となった抗インフルエンザ薬タミフルについて、異常行動とタミフル服用との因果関係を調査していた厚生労働省「インフルエンザに伴う随伴症状の発現状況に関する調査研究」(以下、「タミフル研究班」という。)の主任研究者である横田俊平・横浜市立大学大学院教授の主宰する講座に、タミフルの輸入販売元である中外製薬株式会社から、「奨学寄付金」名目で2001〜2006年度までの6年間に計1000万円の寄付金が提供されていたことなどが報道され、社会問題となったのは記憶に新しい。その後、厚労省は、タミフル研究班の全班員について調査を行い、横田教授に対する1000万円の他、森島恒雄・岡山大学大学院教授に対して2003〜2006年度に計600万円、データ分析を担当していた藤田利治・統計数理研究所教授に対して2006年度に6000万円がそれぞれ中外製薬から提供されていたことを発表し、同年3月末日限りでこれら3名の班員をタミフル研究班から外す措置をとった。
このような現状に対する厳しい批判を受け、厚労省は、タミフルの副作用問題を審議する薬事・食品衛生審議会・医薬品等安全対策部会安全対策調査会の平成19年度第1回会議に先立ち、薬事・食品衛生審議会薬事分科会委員の利益相反問題についての「当面の対応」として、過去3年間に審議品目の製造販売業者からの寄付金等の受取額が年間500万円を超える年がある委員は当該品目の審議及び議決に加わらないことなどを内容とする暫定ルールを定める(その結果、上記安全対策調査会の委員1名が委員を辞退することとなった)とともに、ワーキンググループを設置して年内を目途に分科会としてのルール(申し合わせ事項)を策定することとした。
これらの一連の経緯は、医薬品評価における利益相反の管理の重要性を示すものである。
(2) 利益相反の背景
の先駆である米国では、既に利益相反の問題は大きく顕在化していた。例えば、心臓病の分野で大きな影響力を持つ専門家である国立衛生研究所(NIH)上席研究員のブライアン・ブルーワー医師が、アストラゼネカ社の製造販売するコレステロール低下剤クレストールについて、2002年11月に開催された米国心臓病協会のセミナーにおける講演でクレストールを推奨し、またクレストール承認直前の2003年8月には専門医の多くが購読する「米国心臓病雑誌」の特別増刊に前記セミナーの議事録を掲載するなどしたが、当該セミナー及び特別増刊はアストラゼネカ社から資金提供を受けており、またブルーワー医師は顧問としてアストラゼネカ社から給与を受領するとともに、報酬を受けて講演を行う専門家グループの一員であることが明らかとなった。この件をはじめとするNIH研究者と企業との利益相反は社会問題となって米国議会でも取り上げられ、その後NIHが利益相反の管理を強化するきっかけとなった。
一方、日本では、タミフル研究班における利益相反が顕在化するまで、利益相反の問題は十分に論じられてこなかった。その結果、十分な問題意識もないまま、研究者が企業からの寄付金等を受け入れることが一般化していった。タミフル研究班の事例においても、こともあろうに、中外製薬からの寄付金のうち627万円がタミフル研究班の調査費用そのものに充てられていたばかりか、厚労省は中外製薬からの寄付金の受け入れを事前に相談されながら、何らの指導もしていなかった。このような実態からも、日本においては研究者の利益相反がいわば「野放し」で広がっていることが窺われるのであり、イレッサの評価に関わった専門医についても、利益相反が存するおそれはきわめて強い。
(3) 科学的見解の評価の前提としての利益相反開示の必要性
 研究者は、しばしば、利益相反があっても研究内容には影響していないと主張する。しかし、カルシウム拮抗剤の論文執筆者における利益相反関係を調査したアメリカの研究では、同剤製造企業と経済的関係を有していた研究者の割合は、カルシウム拮抗剤の安全性に関して否定的評価をした研究者では37%であったのに対し、肯定的に評価した研究者では96%にも上っていたことが報告されている(「カルシウム・チャンネル拮抗薬に関するディベートの利益相反」、ニューイングランド医学雑誌(NEJM)1998年1月8日)。研究者が意識するとしないとにかかわらず、利益相反の存在が判断に偏りをもたらすリスクがあることは否定できない。そのため、研究の公正な評価のためには、当該研究者の利益相反の有無が明らかにされた上で、第三者の批判的検討にさらされる必要がある。
かかる観点から、医学界では、臨床研究の実施、研究の発表、公刊に際し、研究者と当該医薬品に関連する企業との経済的関係を開示ないし公表することが国際的な趨勢となっている。例えば、臨床研究の倫理規範であるヘルシンキ宣言は、研究者に対して、資金提供、スポンサー、研究関連組織との関わり等を倫理審査委員会に報告すること(13項)、研究成果の刊行物中には、資金提供の財源、関連組織との関わり及び可能性のあるすべての経済的関係の明示を要求している(27項)し、2004年の世界医師会(WMA)総会において採択された「医師と企業の関係に関するWMA声明」でも、企業との提携等の関係について講義、論文、報告書等の関連全般での十分な公開をすべきとされている。
本件においても、被告らがイレッサの有用性立証のため援用する医師の見解を公正に評価するためには、その前提として被告アストラゼネカとの利益相反の有無が明らかにされる必要がある。
(4) 人選の公正を確認するための利益相反開示の必要性
また、被告らは、ゲフィチニブ検討会において我が国では今後ともイレッサを継続使用する方針が決定されたことをイレッサの有用性の根拠としているが(被告アストラゼネカ準備書面(9)14頁、被告国準備書面(7)48頁)、このような会議体の判断の公正を担保するためには、対象製剤・企業について重大な利益相反を有する者が審議ないし議決に加わらないよう、その人選の公正を確保することが必要である。そのことは、前記のとおり、厚生労働省が薬事・食品衛生審議会薬事分科会委員の利益相反問題について暫定ルールを定め、さらに年内を目途に正式なルール(申し合わせ事項)を策定する作業を進めていることからも明らかである。
したがって、本件において、当該会議体によるイレッサの有用性評価の信頼性が問題となる会議体については、その人選の公正が確保されているかどうかを確認するため、構成員の利益相反の有無が明らかにされる必要がある。
各対象者についての利益相反開示の必要性
(1) 被告らの申請証人
被告らの申請にかかる証人については、当然に、その意見の公正な評価の前提として利益相反の有無が明らかにされる必要がある。なお、本件のみならず、大阪地方裁判所平成16年(ワ)第7990号外事件(薬害イレッサ西日本訴訟)における被告らの申請証人についても、調書及び意見書の本件における証拠提出が予想されるので、必要性は同様である。
また、福岡正博、西條長宏、工藤翔二及び光富徹哉については、後述の通り「ゲフィチニブ使用に関するガイドライン」作成委員としてもその利益相反の有無が開示される必要がある。
(2) イレッサの承認の可否にかかる審議に出席した薬事・食品衛生審議会委員
 薬事・食品衛生審議会の審議結果は被告国によるイレッサ承認の判断の前提となるものであり、また、被告国はその審議結果をイレッサの有用性に関する主張に援用している(被告国準備書面(7)37頁)ことから、その人選の公正が確保されているかどうかを確認するため、各出席委員の利益相反の有無が明らかにされる必要がある。
(3) ゲフィチニブ安全性問題検討会及びゲフィチニブ検討会委員
 これら検討会の審議結果は、副作用問題発生後の被告国によるイレッサに関する薬事行政の前提とされているものであり、また前述のとおり被告らはその判断をイレッサの有用性の根拠として援用している(被告アストラゼネカ準備書面(9)14頁、被告国準備書面(7)48頁)ことから、その人選の公正が確保されているかどうかを確認するため、各委員の利益相反の有無が明らかにされる必要がある。
(4) 「ゲフィチニブ使用に関するガイドライン」作成委員
 前記ゲフィチニブ検討会は、イレッサの適正使用を進めるためとして、日本肺癌学会作成の「ゲフィチニブ使用に関するガイドライン」の周知を図るべきであるとする意見を提出し、被告国はこれを受けた措置を行っている。したがって、これらのゲフィチニブ検討会意見及び被告国の措置の妥当性を検討するにあたっては、さかのぼって「ゲフィチニブ使用に関するガイドライン」の内容及び作成手続の妥当性を検討する必要があることから、同ガイドラインの作成委員の人選の公正が確保されているかどうかを確認するため、各作成委員の利益相反の有無が明らかにされる必要がある。
(5) 日本肺癌学会
日本肺癌学会は「ゲフィチニブ使用に関するガイドライン」の作成主体とされており、その見解の公正な評価の前提として、団体としての同学会の利益相反の有無が明らかにされる必要がある。
(6) 特定非営利活動法人 西日本胸部腫瘍臨床研究機構
 被告アストラゼネカは、特定非営利活動法人西日本胸部腫瘍臨床研究機構(略称WJTOG。以下、「WJTOG」という。)から提出された嘆願書を証拠提出し(丙E5の10)、被告国は「患者や臨床現場において、イレッサは高く評価されている」として同嘆願書を主張に援用している(被告国準備書面(7)42頁)。しかるに、WJTOGは、被告アストラゼネカがスポンサーとなっている肺がん情報サイト「エルねっと」(http://www.lnet.info/index.html)を「全面支援」しているとされており、被告アストラゼネカと密接な関係にあることが窺われる。したがって、その意見の公正な評価の前提として利益相反の有無が明らかにされる必要がある。
また、WJTOGの現会長は被告ら申請証人の福岡正博であり、そのほかにも、上記(1)ないし(4)で利益相反の開示の必要性を指摘した肺がん専門医が多数関与している可能性が高い。そのため、WJTOGを介して、これら肺がん専門医と被告アストラゼネカとの利益相反が生じているおそれがある。
 よって、WJTOGと被告アストラゼネカとの利益相反の有無が明らかにされる必要がある。
以 上
別 紙
対象者一覧表
本件訴訟、及び大阪地方裁判所平成16年(ワ)第7990号外事件(薬害イレッサ西日本訴訟)における被告らの申請証人
@ 西條 長宏
A 福岡 正博
B 工藤 翔二
C 坪井 正博
D 光富 徹哉
イレッサの承認の可否にかかる審議(平成14年5月24日開催)に出席した薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会委員
@ 池田 康夫
A 上原 至雅
B 垣添 忠生
C 木村  哲
D 小池 克郎
E 後藤  元
F 菅谷  忍
G 早川 堯夫
H 藤上 雅子
I 堀内 龍也
J 三瀬 勝利
K 溝口 昌子
イレッサの承認の可否にかかる審議(平成14年6月12日開催)に出席した薬事・食品衛生審議会薬事分科会委員
@ 青柳  俊
A 赤松 功也
B 池田 康夫
C 板倉ゆか子
D 井村 伸正
E 岩田  誠
F 上田 慶二
G 内山  充
H 岡本  彰
I 神山美智子
J 首藤 紘一
K 杉村 民子
L 長尾  拓
M 広津 千尋
N 松本 和則
O 溝口 英昭
P 溝口 昌子
Q 吉倉  廣
R 吉田 仁夫
ゲフィチニブ安全性問題検討会委員
@ 青柴 和徹
A 池田 康夫
B 大野 泰雄
C 栗山 喬之
D 菅谷  忍
E 貫和 敏博
F 福地義之助
G 藤上 雅子
H 堀内 龍也
I 堀江 孝至
J 松本 和則
K 吉田 茂昭
ゲフィチニブ検討会委員
@ 池田 康夫
A 北澤 京子
B 栗山 喬之
C 下方  薫
D 竹内 正弘
E 土屋 了介
F 貫和 敏博
G 堀内 龍也
H 堀江 孝至
I 松本 和則
J 吉田 茂昭
「ゲフィチニブ使用に関するガイドライン」作成委員
@ 西條 長宏
A 福岡 正博
B 根来 俊一
C 工藤 翔二
D 田村 友秀
E 多田 弘人
F 光富 徹哉
G 加藤 治文
H 山本 信之
I 早川 和重
日本肺癌学会
特定非営利活動法人 西日本胸部腫瘍臨床研究機構